Of Human Bondage Human Bandage Japan 石井健三

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Human Bondage(人間の絆)

 1915年。
イギリスの作家、サマセット・モームの手によって書かれた『Of Human Bondage(人間の絆)』。
身体的にハンディキャップを負った少年が、幼くして母をなくし、様々の人とのかかわりの中で、葛藤しながら生きる意味を探すという内容です。

 彼自身もスパイとして活動したり、数奇な人生を送ったようですが、非常に深い言葉を残しています。
「人生とは面白いものです。 何かひとつを手放したら、それよりずっといいものがやってくるものです。 」 「親が子に対する愛情こそは全く利害を離れた唯一の情緒である。」
これらの 言葉を裏付けるかのような物語が『人間の絆』だと思います。

 文中には、どきっとする部分が多々ありますが、特に最後のほうの部分から抜粋すると・・・
 「考えてみると、半生、彼は、ただ他人の言葉、他人の書物によって吹き込まれた理想ばかりを、追い求めていて、ほんとうに彼自身の心の願いというものは、一度も持ったことがないようだった。いつも彼の人生は、ただすべき、すべきで、動いており、真に全心をもって、したいと思うことで、動いてはいなかったのだ。今や彼は、その迷妄を、一気にかなぐりすててしまった。いわば彼は、未来にばかり生きていて、かんじんの現在は、いつも、いつも、指の間から、こぼれ落ちていたのだった。彼の理想とは、なんだ?彼は、無数の無意味な人生の事実から、できるだけ複雑な、できるだけ美しい意匠を、織り上げようという彼の願いを、反省してみた。だが、考えてみると、世にも単純な模様、つまり人が、生れ、働き、結婚し、子供を持ち、そして死んで行くというのも、また同様に、もっとも完璧な図柄なのではるまいか?幸福に身を委ねるということは、たしかにある意味で、敗北の承認かもしれぬ。だが、それは、多くの勝利よりも、はるかによい敗北なのだ。 」

 私たちの人生の喜びをディズニーランドで過ごすような非日常的な中に見出すのではなく、日々の普通の生活の中に見出すことこそが、とても贅沢なのではないでしょうか。

羅生門

 1915年。
日本では芥川龍之介が『羅生門』を発表しました。
戦乱の中、死人の髪を引き抜いて売ることで生きようとする老婆の姿を見た気の弱い若者が、老婆と話しているうちに、豹変して自分が生きるために老婆の衣服を奪って逃げるという話です。

 人が生きるということは、現実の世界に生きるということに他ならず、生まれた環境や時代によってさまざまな価値観や考え方が異なってくることは当然かと思います。そこで大切なのは、様々な人の立場になって考えてみるという作業です。

 お互いを尊敬し、大切にして助け合うということも大切ですが、違いをはっきり伝えて、議論しあって相容れない点を明らかにすることも大切なのです。「わからない」ことを認めることが大切なのです。

 例えば、あなたがとても几帳面で、規則正しく、不摂生をしない健康的な生活を送っていたとしましょう。昔から仲のいい友人は、反対に食事も睡眠も不規則で、お酒も浴びるように飲み、健康診断でも悪い数値だらけでした。ところが、ある日、あなたはガンの宣告をされます。そこで、こう考えるはずです。
「あの不摂生な友人が何ともなくて、なぜこの私がガンになんかなるのだろう?」
それは、わからないことなのです。わからないことを、そのまま受け入れるしかないのです。
そして、わからないことの存在を受け入れてみると、人生は楽しく生きられることが多くなるのではないでしょうか。

 新しい絆

 人は生まれたからには、必ず死にます。
但し、昔のように生まれたところでずっと暮らして、同じ人と濃く交わりあい、亡くなっていくという人は、ほとんどいなくなっているのではないでしょうか。
艱難辛苦(かんなんしんく)を共にして生きる仲間が常にいる状況よりも、出会っては別れる中で住まいも移り変わりながら家族もばらばらになっていくというライフスタイルがほとんではないかと思います。

 そんな状況だからこそ、新しい形で「絆」をつくり、雪が解けて地面に吸収されるように、「絆」が生まれては体に浸み込むような体験を繰り返しながら、これからの社会を創っていく時期にあるのではないかと思うのです。